先日、ある事件がニュースをにぎわせました。
家族間のトラブルについてChatGPTに相談した結果、AIの案内に従って行動したことが予想外の展開を招き、著名人が職を失うことになりました。AIの回答自体は「間違っていた」わけではありません。ただ、相談した人が想像していなかった結果を引き起こしたのです。
「それは個人の話でしょ」——そう思った方に聞いてみたいことがあります。
今この瞬間、御社の社員が業務情報をChatGPTに入力していたとしたら、どうしますか?
「AIに相談したら、予想外のことが起きた」——その構造、職場でも毎日起きています
AIは「相談を受けたら、誠実に答えようとする」ツールです。それがどんな内容であっても。
家族の悩みであれば児童相談所を案内し、顧客情報が含まれた文章であれば要約し、社外秘の資料であれば整理して返してくれます。AIは「これは入力してはいけない情報だ」とは教えてくれません。
問題は悪意ではなく、無意識にあります。社員は「便利なツールを使っている」だけのつもりです。でもその瞬間、会社の情報が外部のサーバーに送信されています。
社員が無意識にやっているリスク行動3選
① 社内資料をそのまま要約・翻訳させる
「この会議の議事録、ChatGPTで要約して」——こんな指示を出したことはありませんか。あるいは社員が自分でやっていませんか。
議事録には何が含まれているでしょうか。プロジェクト名、取引先の名前、未発表の計画、売上の数字——そういった情報がそのままAIに送信されています。
翻訳も同様です。「この英語の契約書、日本語にして」とAIにアップロードした瞬間、契約書の内容は外部に送られています。
② 顧客名・担当者名を入れてメールを作成する
「〇〇株式会社の田中様に、提案書の送付メールを作って」——これも日常的に使われている使い方です。
顧客の会社名・担当者名・やり取りの内容がAIに入力されると、個人情報保護法上の「個人情報の第三者提供」に該当する可能性があります。意図していなくても、法的なリスクが生まれます。
③ 業務システムのエラー内容をそのまま貼り付ける
「このエラーの原因を調べて」とシステムのログやエラーメッセージをそのままAIに貼り付けるケースも現場では頻繁に起きています。
ログにはサーバー名・IPアドレス・ユーザー名など、社内インフラの構成情報が含まれていることがあります。攻撃者がこの種の情報を持っていれば、標的型攻撃の精度が上がります。
「でも便利だし、禁止はできない」——それが経営層の本音ではないですか
禁止しなくていいです。むしろ禁止は逆効果です。
社員が「バレないようにこっそり使う」ようになるだけです。
必要なのは「禁止」ではなく「ルール」です。何を入力してよくて、何を入力してはいけないかを会社として明確にするだけで、リスクの大半は防げます。
実際に、IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威 2026」では「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初登場で3位にランクインしました。官公庁やセキュリティの専門家たちが「これは今すぐ対処すべき問題だ」と認識している脅威です。
情報が漏れたとき、責任を負うのは誰か
「社員が勝手にやったことだから」——残念ながら、この言い訳は通りません。
個人情報保護法では、企業は個人情報を適切に管理する義務があります。社員が業務でAIを使って顧客情報を外部に送信した場合、管理体制が不十分だった企業側の責任が問われます。
漏えいが発覚した場合の影響は以下の通りです。
| 影響 | 内容 |
|---|---|
| 法的リスク | 個人情報保護委員会への報告義務・行政指導・課徴金 |
| 取引先への影響 | 顧客・取引先への謝罪・契約解除リスク |
| 風評被害 | ニュースになれば採用・ブランドへの長期的なダメージ |
| 社内コスト | 調査・対応・再発防止策の実施コスト |
「うちはそんな大企業じゃないから」という規模は関係ありません。中小企業でも個人情報保護法の適用対象であり、漏えいが発覚すれば報告義務があります。
経営層がすべき3つのアクション
難しいことは何もありません。今日からできる3つのことをお伝えします。
アクション1:社員のAI利用実態を把握する
まず現状を知ることが第一歩です。「社員がどんなAIツールを使っているか」を把握できていない会社がほとんどです。
簡単なアンケートで構いません。「業務でAIツールを使っていますか」「どんな目的で使っていますか」——この2問を聞くだけで、リスクの輪郭が見えてきます。
アクション2:「入力してはいけない情報」を1枚で伝える
長い規則は誰も読みません。A4用紙1枚に「これだけは入力しないでください」リストを作って全社に共有するだけで効果があります。
入力禁止情報の例:
- 顧客の氏名・連絡先・会社名
- 社外秘・機密のラベルがついた資料
- 契約書・見積書・発注書の内容
- 社内システムのID・パスワード・ログ
アクション3:承認されたツールのリストを作る
「ChatGPTはOK・このツールはNG」という承認リストを作ることで、社員が「これを使っていいのか」と悩む時間をなくせます。
主要ツールのリスク比較は以下の通りです。
| ツール | プラン | 入力データの学習 | 業務利用の可否 |
|---|---|---|---|
| ChatGPT | 無料版・Plus | 学習に使用される可能性あり | ❌ 非推奨 |
| ChatGPT | Enterprise・Team | 学習に使用されない | ✅ 条件付きで可 |
| Microsoft Copilot | 無料版・個人向け | 学習に使用される可能性あり | ❌ 非推奨 |
| Microsoft 365 Copilot | 法人ライセンス+EDP有効 | 学習に使用されない | ✅ 条件付きで可 |
| Google Gemini | 無料版 | 学習に使用される可能性あり | ❌ 非推奨 |
| Google Workspace Gemini | 法人向けプラン | 学習に使用されない | ✅ 条件付きで可 |
「条件付きで可」のツールでも、入力してはいけない情報のルール(アクション2)は必ず併用してください。ツールが安全でも、入力する情報の管理は社員側の判断に委ねられます。
参考:Microsoft 365 Copilot のデータ、プライバシー、セキュリティ(Microsoft Learn)
実際に起きた企業の事例
「うちの会社では起きない」——そう思っていた企業が被害を受けています。
【事例①】サムスン電子:社内の機密コードが流出
韓国のサムスン電子では、従業員がChatGPTに社内の機密コードを入力したことが問題となり、社内でのChatGPT利用が一時禁止される事態となりました。エンジニアが「コードのバグを直してほしい」とそのままソースコードを貼り付けたことが原因です。悪意はありませんでした。
【事例②】香港企業:ディープフェイクで約37億円の被害
2024年、香港で発生したディープフェイクを用いた詐欺事件では、企業の経理担当者が偽装された上司の映像を信じ、約37億円を送金する被害に遭いました。生成AIにより作成された人物の音声・映像がオンライン会議上で使用されており、外見・話し方ともに上司本人と見分けがつかない精巧な内容でした。
これはAIを「使う側」ではなく「使われた側」のリスクですが、生成AIがもたらすビジネスリスクの幅広さを示しています。
どちらの事例も「まさか自分たちが」という状況で発生しています。リスクを知っておくだけで、社員の行動は変わります。
AIポリシーのテンプレート(そのままコピーして使えます)
社内ルールをゼロから作るのは大変です。以下をたたき台として使ってください。
【生成AI利用に関する社内ガイドライン(簡易版)】
制定日: 年 月 日 対象:全従業員
1. 目的 本ガイドラインは、業務における生成AIツールの安全な利用を促進し、情報漏えいリスクを防止することを目的とします。
2. 利用を承認するツール
- (承認ツール名を記載)
- ※上記以外のAIツールの業務利用は原則禁止とします
3. 入力してはいけない情報 以下の情報は、いかなるAIツールにも入力しないでください。
- 顧客の氏名・連絡先・会社名などの個人情報
- 社外秘・機密・取扱注意のラベルがついた資料の内容
- 契約書・見積書・発注書・財務情報
- 社内システムのID・パスワード・アクセスログ
- 未発表の製品・サービス・経営情報
4. 違反した場合 本ガイドラインに違反した場合、就業規則に基づき対応します。
5. 見直し 本ガイドラインは年1回、または環境変化に応じて見直します。
承認者: (役職・氏名)
「もっと詳細なポリシーが必要」「自社の状況に合わせてカスタマイズしたい」という方は、詳細版のPPT資料をご活用ください。
まとめ——今日できることは1つです
難しいことは後回しでいいです。
今日やることは1つだけ。「うちの社員はAIに何を入力しているか、把握できているか」を自問してください。
答えが「わからない」であれば、それがリスクのスタート地点です。
社員を責める必要はありません。ルールがないまま便利なツールを使うのは自然なことです。経営層がやるべきことは、ルールを作って伝えること——ただそれだけです。
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